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北海道への移住も、アジャイル開発の仕事にも満足。転職は大成功だったと思っています。

大好きな北海道で暮らしながら、開発者としてスキルアップしたい。2つの希望が叶えられる環境を求めて、転職活動をしていた松崎さん。メンバーズに入社して希望を叶えることはできたのでしょうか。インタビューで詳しく聞かせていただきました。


エンジニアとして働くのが夢だった。

13歳の時からプログラミングをしていたこともあり、就職活動の時には「エンジニアになりたい」という気持ちが固まっていました。大学卒業後、システム開発会社に入社したのですが、その会社はSlerの孫請け会社で教育コストも低く、誰でもいいから人を投入してプロジェクトを終わらせる、というような会社でした。

ただ取引先の中には、色々仕事を任せてくれる企業がいたことが救いでしたね。「開発・納品だけではなく、保守運用をやってみませんか?」というお話をいただき、お客様のチームに混ぜてもらって不具合を直したり、要望をもとに開発したりといった経験をすることができました。その時の経験から、『裁量がある仕事を継続的にやっていきたい』『直クライアントの仕事をしたい』という気持ちが強くなり転職することを決めました。

次の会社は開発者が少ない会社だったので、必然的に任される仕事の幅は広がりましたね。ディレクションからアプリ開発、保守と幅広く担当していました。エンジニア採用に力を入れていて、部署によってはアジャイル開発をやっている風景も見られたのです。自分は別部署だったので関わっていないのですが、小規模なチームでワイワイと仕事をしているのを見て、素直に「羨ましいな」と思いましたね。その時に感じた「アジャイル開発をやりたい」という気持ちが、後の自分のキャリアに影響を与えています。働く環境は良かったのですが、会社の文化と自分の考えが合わない部分があり、退職することを決めました。

開発したいのにできない。物足りない気持ちだった。

「開発者が多い環境で働きたい」という考えで3社目に入社したのですが・・・入社後にいろいろ驚かされることが多い会社でしたね。

「開発者が社内に多くいる」と入社前に聞いていたのに、実際には未経験に近いエンジニアばかりが働いていて、自分が開発経験者“第一号”の社員だったのです。現場はバージョン管理もできていない状態だったので、開発の体制を作り上げるところから始めなくてはならない状態でした。

成長期の会社だったので大規模な開発をすることもあり、チーム全員に余裕がなくて、人間関係もギスギスしていました。コストに厳しい会社でもあったので制限が多く、ジレンマを感じることもあったのです。幸い働きぶりを評価していただいて待遇は良かったのですが、「この環境をリードし続けるのは難しい」と感じていました。同じレベル感で仕事ができる人がおらず、技術の話をしても誰も興味がなく盛り上がれないことも寂しさを感じていたのです。

このように仕事面でモヤモヤを抱えていましたが、実は住んでいる場所にも不満を感じていました。暑いのが嫌いな性分で、エアコンがないと眠れないような猛暑の地域で暮らすのが年々つらくなっていたのです。両親が暮らしていたことで馴染みもあって夏でも涼しい、そんな北海道での暮らしにずっと憧れていました。「大好きな北海道で暮らしたい」という想いが、この頃強くなっていたのです。

自分の要望を100%叶えられる環境を求めて転職。

「開発者の比率が大きく、開発者同志チームで仕事ができるところ」「勤務先も自由がきくところ」という2つの軸で転職活動をしていました。そうして出会ったのがメンバーズでした。

メンバーズは当時から『アジャイル開発を主体でやる』という考えで、現場主導を大事にしており、『すべてのエンジニアを幸せにする』というビジョンを掲げていました。そういったビジョンが、当時の自分にはとても魅力的に思えたのです。また前職はプロジェクトが多く、ひたすら見積もりを作る日々を送っていました。アジャイル開発は基本的に準委任契約のため、見積もり作成の仕事がなく、開発に集中できそうな点も良いなと考えたのです。

時代的に「これからアジャイル開発がメインになっていくだろう」と見込まれていた時でした。その頃にメンバーズではすでに『アジャイル開発をリモートでやっていく』という考えをもって実践していたので、先見の明があったと思います。コロナウイルスが流行る前は、ヘッドセットをして仕事をしている人なんてほぼいなかったと思いますよ。

また採用選考のプロセスに技術試験があったことにも驚きました。当時はそこまで技術寄りの選考をしている会社が多くなかったので、「メンバーズならちゃんと技術を理解してくれそうだ」という安心感を覚えましたね。

メンバーズの技術試験を解いたときに、実装スピードが遅いという自分の欠点を知ることができました。それ以来競技プログラミングをやるようにしていて、今では趣味になっています。

社内の技術者はもちろん、クライアントも技術の話ができる人が多い。

入社後は大手広告代理店のプロジェクトにアサインされ、広告出稿するためのツールやアプリの開発保守を行なっていました。その後は自治体に向けてチャットサービスを提供するプロジェクトを担当したり、 Ruby on Railsのアプリケーション開発・保守の案件を担当したり、様々なプロジェクトを手がけました。

前職と大きく違うなと感じるのは、クライアント自身がITやデジタルに慣れているので、技術的な会話ができることです。そもそもメンバーズのようなアジャイル開発をリモートでやる会社に委託する時点で、クライアント側に技術的な知識があることが伺えます。コミュニケーションができるので、実直に仕事をすることができますね。

また憧れていたアジャイル開発も経験することができています。アジャイル開発はコミュニケーションがより一層大事になるなと思っているので、ドキュメントをしっかり書く、相手の言いたいことはしっかり聞く、伝えたいことはきちんと伝えることを意識しています。

クライアントと良い関係が築けていることを実感する日々。

アジャイル開発では、自分の意見が言えるようになるとより仕事が楽しくなると実感したエピソードがあります。

普段はクライアントの仕事に対して、自分がやりたいことを強く言うようなことはしないのですが、3年ぐらい一緒に仕事をしていると“言いやすい関係”にはなってきます。

以前「この案件が増えていくと処理が追いつかなくなるので、そこを無限に受けられる仕様にしませんか」とクライアントに向けて構成図を提案したところ、「長期でやってみたら面白そうだね」と賛同をいただくことができました。その取り組みが成功し、結果を出すことができたのです。

「開発者が困ることになるので今整理したほうがいい」と思うことは、開発者ならけっこうあることだと思うんです。「やりたい、やったほうがいい」と思うこと自体は自由なのですが、最終的にはクライアントにとっての価値を考えないといけないと思っています。今回の提案は開発者の私にとっても、クライアントにとってもメリットがあることを伝えられたので、自分の中でとても印象に残ったエピソードとなりました。

すべて希望は叶った。あとは持続可能な働き方をしていきたい。

北海道に移住もできたし、仕事にも不満はないし、正直言ってすべて希望が叶っている状況ですので、大きな夢というのは今は特にありません。

今までもこれからも、クライアントから仕事をもらっているので、クライアントに価値を感じてもらえるような仕事をしていきたいと思っています。

アジャイル開発は同じことを繰り返す場面があるのでつまらないというコメントを聞くこともありますが、自分は様々な方面で楽しさを感じられるようにしていきたいなと思っています。また残業などのパワープレイをしても生産性は上がらないですし、良いことはありません。これからも無理なく楽しく持続可能な仕事をしていくのが、当面の目標だと思っています。

北海道の街は2車線が基本で、雪のため1車線つぶすような仕様になっているんです。災害を前提としている街だから、自然の厳しさを体感できるのも興味深いなと思っています。

編集後記

趣味が競技プログラミングとプライベートでもエンジニアとしての技術向上に取り組んでいる松崎さん。
現在は以前より憧れていたアジャイル開発に取り組んでいます!

寒いのが好きだということをインタビューでも話しており、念願だった北海道生活もとても充実しているように見えました!

文/須藤 亜希子
取材・写真/谷貝 玲

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